循環器内科うし先生のほのぼのブログ

北海道の中規模病院で勤務する循環器内科医のうし先生です。

気管切開推奨の本当の落とし穴

こんにちは、うしです。

 

 

 

また残念ながら、残念な発言があり、話題になっていますね。

 

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今回はこれに関連して、気管挿管・人工呼吸器と気管切開について、循環器内科医ではありますが、「本当の落とし穴」という側面からも書いていこうと思います。

 

ちなみに、この発言については非常に反響(悪い意味で)がありましたが

 

新型コロナウイルスによる重症肺炎においては、間違った発言ではないと考えています。

(自分が知事なら大衆でこんなことを言いませんが)

 

 

 

まず肺炎などで呼吸不全→低酸素血症がある場合は酸素投与をします。

少量の場合は鼻カニュラという鼻から、高容量の場合は酸素マスクを装着します。

 

それでも酸素化が維持できず、生命が維持できない(=からだの臓器の酸素が足りない)場合に人工呼吸器を使用します。

 

 

 

 

 

●人工呼吸管理の種類

 

1つは以下のような気管挿管での人工呼吸管理です。

見ての通り、口から(稀に鼻から)気管にかけて管を挿入して、人工呼吸器と接続し、肺に直接酸素を送ります。

圧をかけることで肺をサポートすることもできます。

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肺に直接酸素を投与するため、全身の酸素化は上昇しやすいですが、

傷んだ肺に無理やり酸素を送り働かせるような状況のため、肺損傷は加速しやすいです。

これでも維持できない場合は、ECMOを併用します。

 

 

気管挿管が長期化する場合、口から気管にかけて潰瘍を作ったりしますし、

本人の苦痛にもなります。

事故抜去リスクにもなり、再挿管はリスクも高いため、

だいたい1-2週間以上気管挿管になる場合は、以下のような気管切開を通常行います。

 

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だいたい30-60分くらいで手術は終わります。

見た目はあまりよろしくないですが、患者本人は口から挿管されているよりはずっと楽です。

手術の仕方や創部に使用する資材によって、人工呼吸器離脱後に一時的に蓋したり、声を出したり、またすぐに閉鎖することもできます。

 

 

最後に以下のようなNPPV(非侵襲的陽圧換気)というマスク型の人工呼吸器もあります。

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最大の特徴は、気管挿管をしないため、容易につけたり外したりできます。

 

またこのマスクではなく鼻タイプのネイザルハイフローという機械も最近出てきました。

 

正確にはこれらも人工呼吸器なのですが、一般にイメージされる(または今回イメージされた)ものとは異なるため、少し後述しますが、今回は人工呼吸器≒気管挿管(→気管切開)としておきます

 

 

 

 

 

 

●人工呼吸管理のメリット/デメリット

 

人工呼吸器の最大のメリットは、酸素化が改善できる、ということに他なりませんが、

気道確保という側面も持っています。

(コロナ関連では考えにくいですが、血圧などが不安定であったり、重篤な脳疾患で呼吸気道が不安定であったりする場合にも気管挿管を行います)

 

デメリットは、やはり侵襲的であるに尽きると思います。

 

気管挿管をしている間は非常に苦痛を伴うため(ほっておくとオエオエしてしまう)、たいていは鎮静薬と鎮痛薬(主に麻薬)が併用されます。

 

先ほど書いた通り、期間が長くなると挿管周囲のトラブルも増えてくるため、長期化する場合は気管切開に踏み切ります

 

気管切開ものどに穴を開ける手術なので、侵襲を伴います(その代わり鎮静鎮痛は中止できることが多いです)。

 

目が覚めたら喉に穴が開いていたら、ショックですよね?

 

 

また、なかなかイメージにしにくいですが、

 

人工呼吸管理の場合、人工チューブが気管内にあり、呼吸も人工的にサポートしていくため、

人工呼吸器関連肺炎を合併することが多いです。

 

なかなか正確に診断できませんが、肺炎関連で気管挿管した場合、もう何の菌がいつから悪くなっているのかわからなくなるほど、レントゲンでは肺がぼろぼろになることを多く経験します。

 

人工呼吸器に限らず言えることは、人工的な装置を併用すると感染や凝固異常などの合併症を高率に合併するということです。

 

ある意味、先ほどのNPPVやネイザルハイフローなどの気管挿管を伴わない人工呼吸器は、合併症が少なく、無難な治療と言えるかもしれません。

 

 

 

 

 

 

●新型コロナウイルス感染の場合

 

コロナ関連の肺炎の場合、特徴としては

重症化し始めてから破綻するまでがとても速い、ということ(らしい)です。

 

通常であれば、酸素の値が悪ければ、「そろそろ気管挿管が必要かもしれない」で済むかもしれませんが、コロナの場合はその猶予がないと聞きます。

 

また重症化した場合、ARDS(急性呼吸促拍症候群)という状態になり、もうウイルスがいるいないではなく、炎症が炎症を呼んで収拾がつかない状態になることが多いようです。

そのため、改善までも時間を要するようです。

 

 

そのため、通常の肺炎と比べて

コロナの場合は(状態が悪くなるのが早いため)早めに気管挿管を行い

(そうなると長期化するリスクが高いため)早めに気管切開を行うというのは間違いではないと考えます。

 

ただし、これは医療者が患者さんの病態を見て判断することであって、行政が指示するものではありません。

えらい人が「積極的に気管切開するように」と言っても、それで僕たちが、「よしじゃあこの人も気管切開をしておこう」とはなりえません。

 

自分たちの理解だと、通常は10L/minまでマスクで(人工呼吸器を使用せず)酸素投与ができるところを、コロナ肺炎の場合は6L/minあたりで気管挿管を考慮します。

 

追記すると、気管挿管をしない人工呼吸器のNPPVやネイザルハイフローの場合、最近流行りのエアロゾル(ウイルスが部屋中撒き散る)を発生しうるため、基本的には使用しないです。

 

 

 

 

 

 

●気管切開推奨の落とし穴

 

上記の通り間違ってはいないのですが

 

1つ目として、知事(行政)が発現するのが間違っています

 

先ほども書きましたが、例えば「医療資源が足りないから盲腸は積極的に手術をしないでいこう!」と知事が言っても、重症の場合は手術必須ですし、知事の発現で標準治療が変わることはありません

 

2つ目は、やはり侵襲が高いことです。

 

侵襲だけでなく、もし気管挿管をしてもしなくてもよくなるのであれば、しない方がよっぽど無難に安全に診療ができます

 

もちろん、人工呼吸器のトラブルにビビッて気管挿管のタイミングを逃して命を落としてはいけませんが、これでは気管挿管≒安全!正しい!、という誤った認識を市民に与えかねません

 

3つ目は、早期の気管切開をすると人工呼吸器離脱のタイミングを逃しうるということです。

 

1-2週間長引けば気管切開を検討すると書きましたが

本来は人工呼吸器を離脱できる人は気管切開しません

 

もう当面機械なしでは生きていけないから、機械と一緒に生きていこうというときに実際は気管切開が施行されます

 

不要な気管切開が増えれば患者さんの失望にもつながりますし、機械の不足にもなります。

 

4つ目が、手術の医療者のリスクです。

 

まあこれは必要時は仕方ないのですが、気管切開というのはその名の通り気管を切開するため、切開したときに大量のエアロゾルが飛ぶリスクがあります。

(発症日から時間が経っているため感染リスクは低いと言えるとは思いますが)

 

もちろんフル装備で行いますし、感染リスクはどの医療者にもあると思いますが、配慮は必要だと思います。

 

 

5つ目が、これが最大の落とし穴ですが、人工呼吸器の概念・常識を崩しかねないということです。

コロナなど抜きに、病院では長らく、超高齢者や認知症患者の、もう寿命ともいえる、誤嚥性肺炎の末期などに気管挿管をするかの議論があります。

 

誤嚥性肺炎とは、加齢や脳卒中、認知症などで嚥下機能が低下したことによる食残や唾液の誤嚥に伴う肺炎のことを言います

 

肺炎治療として気管挿管が必要で、本人家族が希望されているときにはためらう必要はありませんが、本人の疎通もとれないような状態で、機械をつけてまで生きるかというと、考えなければなりません。

また、気管挿管の目的の1つに気道確保とありましたが、常時誤嚥している人の場合、抜管(管を抜く)をするとまた誤嚥してしまうため、変な話抜管のタイミングがありません。

 

誤嚥性肺炎≒気管切開必要≒一生人工呼吸器、なんて言い方もオーバーではありません。

 

また、その場合は、食事はどうするのか、胃ろうを作るのか、胃管を鼻からいれて、鼻から栄養をいれるのか、

人工物が増えて感染を繰り返し、機械につながれてどんどん衰弱しているのが一般的です

もちろんそう簡単には家には帰れません。

人工物に認知症などで手を出そうとするならば一生鎮静などもしないといけないこともあります。まさに生かされているという状態になりえます。

 

もちろんこうならない例も多いですが、末期の嚥下障害患者の誤嚥性肺炎に気管挿管をすると、このような未来になることが多々あります

 

自分は、患者さん家族にこうなることが想像できる場合には、寿命とも考えられます、とやや強めに言うことがあります。

と言うのも、「人工呼吸器つけますか?つけませんか?」と寄り添うのは一見優しい医者に見えると思いますが、つけない(=見殺し)と思われる家族も多く、ひどく後悔につながるようです。

あまりリードをしてはいけないのですが、後悔や責任を過度に抱え込むのもいかがなものかと考え、あくまで中間の立場としてお勧めする選択肢を提示することが多いです。

(自分の親ならこうします、など)

 

少し脱線しましたが、こういう終末期の苦難などがある中で、今回の「積極的に気管切開をしよう」という発言のみが世の中に広まると、肺炎≒気管切開しないと!という固定概念が、少なくても今まで以上には広がると思われます

 

終末期の人工呼吸管理は、厳しい言い方をするとただの延命行為になることも多いです。

 

そういう意味で、今回の気管切開の積極論については責任が大きいのではと考えています。

 (イソジンの件をみると、少しオーバーかもしれませんが、肺炎は不適切な場合でも早く気管切開しなくてはと考える人が少なからず発生するのではと考えています)

 

 

 

 

 

 

今日はポケットに入っています。

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