こんにちは、うしです。
今回は前回に引き続きで、「患者さんに殴られたら」というタイトルで書いていきます。医療者としては殴ってくる原因について鑑別していくわけですが、医療者以外にもまた認知症の家族を持つ方に対しても、読み物としてもよければ読んでいただけたら幸いです。
攻撃的なときの鑑別
具体的には、口論になった、状態がおかしい、痛い治療中、特に理由がない(なぜか興奮している)などいろいろなシチュエーションがあると思います。
まずは相手が攻撃的になっている原因を鑑別することが大切です。
以下のようなものが挙げられます。
医療者への怒り
殴られることはありませんが、実際あります。具体的には患者さんへの不適切な発言が聞こえてしまったり、過度に連絡もせず待たせたりということなどでしばしばあります。
まずは怒っている理由を聞いて、理解可能な理由(=こちらに少しでも反省点)があればまずは謝罪することが大切です。
ただしこちらは今回の本題ではないため割愛します。
認知症(BPSD)
BPSDとは認知症の周辺症状で、認知症で性格が攻撃的になることがあります。認知症は急にはならないため、だいたいこれまでに同様のエピソードがあることがほとんどのため、入院時の家族からの病歴で概ねこれかどうか検討はつきます。
せん妄
せん妄というのは変動性の見当識障害(時間や場所、人がわからない)という定義ですが、入院や体調不良などの環境身体精神変化で混乱して病的に寝ぼけてる、というのが正しいと思います。認知症の患者さんの入院でよく合併します。
認知症と同じく単独で暴力をふるうことはなくても、例えば「家に帰らないといけない」と思い込んでしまったときなどに制止しようとするとより興奮して手を出されることが多いです。
吸痰などの反射現症
圧倒的に吸痰(サクション)が多いですが、吸痰(痰が気管に詰まっているため吸い取ること)をする際に、苦しくて手が出てしまうことなどを指しています。
吸痰をするのは嚥下機能が悪い認知症などの方が多く、よく「痰をとったら殴られた」といことは聞きます。
しかし痰が詰まってしまうと窒息してしまうため、命を救うために両手を抑えて吸痰することも実際は少なくありません。
精神疾患
閉鎖病棟など特にですが、精神疾患がある人は危険という風潮が出がちですが、一般的な統合失調症やうつ病で他人に攻撃的になることは滅多にありません。特定の人格障害やパーソナリティ障害でなければ珍しいと思います。
元々の性格
これも入院中の患者さんは普段よりも身体的に弱っているので、元々の性格のみで暴力をふるうことはあまりないです。診療の関係性が気づけなかったり治療の同意が得られないことはありますが。
意識障害
ある意味これが一番大事かもしれませんが、突然攻撃的になり精神科に搬送を考慮したとしても、これが内科的に治療可能で緊急性のある髄膜炎や脳炎などの脳の感染症のことがあります。
残念ながら明確にこれを鑑別する方法はありませんが、上記鑑別に当てはまらず、突然人格が変わるようなことがあれば、新規の攻撃性=意識障害と考え、意識障害の原因を考えるべきであります。
(意識障害の原因については今回は割愛します)
上記のように、まずは何故今攻撃的になっているのかの原因を考えることが必要です。
(理由は後述します)
患者さんに実際に殴られたら
まずは上記の「なぜ怒っているのか」が大切になります。
というのも、攻撃的なものの理由が病気によるものであれば医学的に対応しなければいけません。病気によるものでなければ入院中だとしても警察に通報となります。
また病気によるものの場合、上記の通り治療必要な意識障害なのか、一時的なせん妄なのか、ベースの認知症なのかによって変わります。
もし治療必要な意識障害であれば本人の治療のために(家族に同意をとって)鎮静などしても原因を検索するべきです。
一時的なせん妄の場合、せん妄の原因をとることが大切ですが一番の原因は入院環境なので早期退院を目指します。実際に退院が難しいときは少しでもせん妄になりにくく点滴などのルートなどを減らす努力をしますが、一時的に向精神薬を使用します。
頑固な認知症がベースの場合は精神科病棟での管理が必要になることも少なくありません。しかし内科的治療も必要な場合はどこの環境で治療をするのか(そもそもどこまで治療ができるのか)相談が必要です。
そして、精神科(救急)の大前提として、自傷他害の恐れがある場合は精神科2次救急に相談することができます。
精神科2次救急の壁
非常に頼りになると思っているのです。ちなみに日中は各病院営業しているので、2次救急当番病院というのは夜間だけの話になります。
札幌市の場合は毎日1病院当番病院に選定されています。こちらは公表されていません。
こちらは病院として相談することもできますし、家庭内などでの精神科の緊急性がある場合も相談することができます(自分は残念ながらプライベートで3回ほど電話相談したことがあります…(笑))
以下札幌市のホームページです。URL貼っておきます。
(各都道府県にあると思います)
いくつか課題があります。
内科加療が難しい
これは入院中の方限定ですが、基本精神科単科病院なのでよほど内科的に安定していないと転院は難しいです。そこまで安定していれば退院すればいいので、あまり夜間で入院中の患者さんがこうなることは珍しいです。
ハードルが高い
夜間に緊急での精神科対応が必要な条件に、先ほどの自傷他害の恐れがある、が重要となります。入院中でもご自宅でも、その場合は相談できますが、警察沙汰になるほどでないと基本的には夜間対応外になることが多いです。
具体的に、夜間突然記憶をなくした(一過性前健忘など)という状態では家族も本人も大パニックになっても自傷他害の恐れはないため夜間対応対象にはなりません。
待ち時間が長い(なかなか病院が見つからない)
基本的に当番病院は1つであり、精神科は1患者の対応にかかる時間が長いため、かなり待つ可能性があります。当番病院が対応中の場合はほかの病院に当たってくれますが、夜間に緊急での対応は難しいところが多いです。
本人の受診入院の同意が必要
これが一番理不尽というか、課題だと思うのですが、精神的に錯乱していて自傷他害の恐れがあっても家族のサポートと本人の受診入院の了承がないと基本的には搬送困難です。
というのも精神科の強制入院には、ざっくり措置入院と医療保護入院があります。措置入院は精神科の指定医が2人いればとりあえず強制入院できるということですが、通常待機の精神科医は1人のため夜間は難しいです。
できれば医療保護入院で保護者家族1人の同意と指定医1人の同意で入院とすることが多いです。ただしこれは外来で入院させるときの話です。
精神科が「きてもいいよ」と言ってもそこまでの搬送にまで権力はないのが実情です。本人が精神科への受診を拒否した場合は非常に難しいです。救急車を呼んで救急隊の手を借りても彼らは強制的に搬送する権利はないです。結局警察を呼ぶしかないのですが、警察の場合も自傷他害の恐れがあるが基本になるのですが、基本的には包丁を振り回しているタイプのことを指しているため、近づくと手を出すタイプの場合は近づかなければいいため、非常に厄介です。
ここまで精神的に不安定で、かつ搬送に難渋する場合は、全体的には長時間かけて説得するケースが多いように思われます。
興奮患者を鎮静する方法(医療者向け)
特に夜間などに警察にも精神科2次救急もやや不適切と思われる場合(ほとんどのシチュエーションだと思いますが)、かつ自宅退院も内科的に困難で、(コロナも含めて)家族のサポート(常時付き添いなど)が難しい場合は、向精神薬での興奮をやわらげたり、それでも無効であれば鎮静薬で強制的に寝かせるしかないことがあります。
具体的には、ハロペリドール(セレネース)やミダゾラム(ドルミカム)、サイレースなどの点滴静注が選択されます。
量などについては、まずは体格も見ながら0.5-1Aを使用することが多いですが、ほっておくとこちらも受傷しかねないので、ある程度落ち着くまで使用することもあります。また元々向精神薬を使用していたりアルコール多飲などの経過あると薬が効きにくいことが多いです。
過鎮静や呼吸抑制に注意が必要です。
ルートがなければ筋肉注射も選択できますが、効果が遅く、また痛いためより興奮しかねません。
押さえたり点滴を使用するときはこちらも受傷しないように注意が必要です。抑制の基本としては、5人で両手両足と顔(噛みつかれないように)で押さえる(準備をする)必要があります。
医療現場の実際
よく「身体抑制をしている医療の問題」のような特集がテレビでもやっていますが、ここまで真逆の立場で書いてみました。
ここまでのケースは多くはなく、実際は「認知症の患者に吸痰やルートを取ったら手を出された」や、「認知症の人がせん妄になって帰ろうとしてしまって制止が効かない」程度のケースが多いです。
でも夜間は1人の看護師で10人以上の患者さんの安全を見なければならず、現場は非常に困惑しています。
精神的に興奮していれば向精神薬を、無意識に動いてしまうのであれば手袋などの軽い身体抑制をしているのが現状です。それでも維持できなければ翌朝以降で家族とも相談し、治療をリタイヤするか抑制を強化するかの相談をすることが多いです。
医療者にとっては、少し共感したり新しい発見になってもらえたら
非医療者にとっては、少し興味を持ってもらえたら、
患者家族の方には、「認知症などで入院継続が少し厳しくなっています」と言われたときの現状が少しでもわかってもらえたら幸いです。
今日も我が家は平和です。